ウルダハン・ノワール


解説:
新生FF14(ネトゲ)の二次創作小説。オリジナルキャラ3人組のスパイアクションみたいなの。
Lodestone(新生FF14のコミュニティサイト的な)で連載してたんだけど
これがまた、全く人気が出なかったねー! 
続編のプロットなどもあったけど、結局うまくまとめられなくて、
なんかもたもたしてるうちにFF熱が冷めてしまった。
連載してたときのものはこちら↓
http://jp.finalfantasyxiv.com/lodestone/character/3336181/blog/742559/

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目次:
登場人物紹介
1.夜の帳に包まれて ...
2.3日前 ...
3.「んで?」 ...
4.ケミが言う ...
5.そして3日後の夜 ...
6.試験管から漏れる ...
7.「おい、そろそろ出番だぞ」 ...
8.深夜のウルダハ ...
9.『12柱が1』 ...
10.3日後 ...(終)

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登場人物紹介:
アグロ ‐
怪力自慢のルガディンの大男。己の肉体を駆使してあらゆる困難を突破する、脳筋の鑑。

ケミ ‐
錬金術師のララフェル。チームの頭脳プレー担当。怪しい薬品や魔法道具まで、幅広く扱う。

シェイド ‐
スリ・開錠・大道芸じみたアクロバットもこなす美貌のミコッテ。調査、工作のエキスパート。

マザー -
司令。シェイドを通じて様々な司令をもたらし、ウルダハの危機を水面下で阻止する。その正体は……


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1.

 夜の帳に包まれてなお、眠ることの無い都市、不夜城《ウルダハ》。

 そのメインストリートである《ナル=ザル回廊》は、この時間になってもなお、様々な欲望にまみれた喧騒が飛び交っている。夜闇のなかで街灯のエキゾチックな光に浮かぶ、生き生きとしながらもどこか幻想的なその姿は、この街が《砂漠の宝石》と呼ばれる所以でもある。
 露店に並んだ煌びやかな装飾品の数々、妖艶な香りを振りまく踊り子、肩を組んで歌う酔漢、湯気を上げる屋台の料理、声を張り上げる客引き。
 人々は回遊するメルトールゴビーの群れのように、眠らないこの街を闊歩し続ける。
 だが、にぎやかしい大通りから2度も角を曲がってしまえば、そこにはゴロツキや浮浪者の跋扈する不衛生で入り組んだ裏路地が、くもの巣状にはりめぐっている。

 まるでこの街が、繁栄という薄いレースの幕の裏側に、得たいの知れぬ巨大な怪物を飼っているかのように――。

――そしてそんな裏路地の1つを今、3人の影が走っていた。

「おうケミ坊よォ、いったいこりゃあ何がはいってんだァ?」


 一番後ろを走るひときわ大きな影が、張りのある低い声で言う。袖無しの暗褐色のツナギから、青黒い丸太のように太い腕が生えている。その手には大きな袋のようなものが担がれており、彼が進むたびにガチャガチャと音を立てる。ただでさえ大きな彼のシルエットを5割り増しにしている。

「ま、イロイロ、必要なモノだよ……」

 幼い子供の声。ケミと呼ばれた先頭の小さな影が、振り向かずに言う。黒いフード着きローブに腰下げポーチ。

「それにシェイドは手ぶらかよォ!」
「彼には彼の、役割があるからね、今回は特別な、装備は渡してない」
「気に食わないな、手口は確かに全部お前に任せたが。前もってろくな説明もないというのはね」

 シェイドと呼ばれた、2人の間を走るすらりとした影が、通る美声で不機嫌そうに言う。全身をぴっちりと覆うダークタイツから、銀色の尻尾が伸びている。

「言うと、きっと二人とも、嫌がったろうからね、とくにアグロは」

小さな影が息を切らせながら言う。

「なんだァ!?そいつはなおさら先にいっとくべきじゃあねえのかァ?!」

アグロと呼ばれた大きな影は、声を張り上げる。

「静かにしろ声がでかい!……でもケミ、どういうことだい?それって」
シェイドの美声が続く。

「確かに今回ばっかりは、正攻法じゃどうにもできないってのは判るけど。ほんとに俺たち3人でどうにかできるのかい?」
「シェイドも、アグロも、とにかく、いつもどおり、ボクを信じて、くれればいい、やり方は、間違っちゃいないって、確証はあるから、ほら、みえてきたよ」

小さな影がしめくくる。

やがて3つの影は、ウルダハの倉庫区画へと入っていった。

 倉庫区画は、ウルダハで商売をする店子や職人達、それも大体が大手フリーカンパニーや貿易企業のような大規模な組織の、様々な商品や素材を保管しておくための倉庫が集まっている地区だ。
 それぞれの倉庫の敷地周辺には、その規模に応じた数の警備兵の姿が見られる。警備が厳しいところは、比例して名だたる組織の看板がある。
 3つの影はそれらの倉庫の間を、目立たぬように素早く走りぬけていく。

「あった……。きっとここだ」

 小さな影が静止をかける。3人はある倉庫の手前で止まった。
 ぐるりを塀で囲まれており、入り口に薄暗い門灯が1つ、ぼんやり灯っているだけで、錆びた門の奥は暗闇が広がっている。敷地内では枯れ草が乾いた夜風に揺られている。
 そこは、一見して無人の廃倉庫のようであった。

「使われてない倉庫にしては、出入りする足跡の数が多すぎる」

 小さな影は門の辺りの地面を指差していうと、ポーチをガサゴソやり始めた。隣でひょろりとした影が、右手を門灯のほうへかざす。

「2、4……ふむ、こっから見えるだけでも警備が7人。こりゃうさんくさいわ」
「ムーンキーパーってすげェな……ワシにァまったく何も見えんぞイ」
「ジジイは単に老眼だからじゃないの」
「アァ?」

小さな影が奇妙な形をした器具を取り出し、両目につけて倉庫のほうを見る。

「ビンゴ……!エーテル反応で視界が真っ白だ。間違いなくここだね」

大きな影が、腕組みして呟く。


「ここにあるってェのか……ウルダハマーケットから消えた、推定数億ギルのクリスタルが……」



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2.

――3日前。

 夜とはまた違った、陽気な賑わいを見せる白昼のウルダハ市街、ナル回廊。
 その空は、この地域の気候としては珍しく、どんよりと薄曇りであった。

 昼時のピークを過ぎてもなお混雑しているのは、人気の宿場「クイックサンド」。陸路でウルダハへやってきた人々が、ナル大門をくぐって最初に目にするのがこの店である、という立地の良さもあるが、何よりその料理の味が確かな人気を呼んでいる。

 常連客であるウルダハの商人たちや職人たちはとうに仕事に戻っている時刻で、席に着いているのはほとんどが観光客。ザナラーン南部のサゴリー砂漠で取れる砂海の珍味に舌鼓を打っている。

 そんな中、所狭しと料理の大皿が並べられた大きなテーブルに、ぽつりと子供が座っている。いや、外見は子供のように見えるが、彼らララフェル族はこれでも立派な大人なのだ。
 ツンツンの緑髪に紫のメッシュ。得たいの知れないシミだらけの白衣、テーブルの脇には特殊な形のモノクル。ひとり黙々とピラフをさじでかきこんている。
 横を通る観光客はその奇抜な姿に一瞥するが、やがて興味を失って去っていく。

 と、そこへ大柄なルガディンがやってきて、彼の向かいの椅子を引いて座った。白い稽古着姿、青黒い肌、刈り上げた褐色の髪の毛には、白いものも混じる。

「ようケミ坊!待たせたかァ?」

ルガディンが大きな声で尋ねる。

「混んでるとはいえ、そんなにでかい声を出さなくても聞こえるよ、アグロ」

 ケミと呼ばれたララフェルは、いつのまにか空になったピラフの大皿を積むと、砂海ナマズの冷製餡かけの皿を引き寄せる。

「なんだ?こりゃアイツと俺の分もあんのかね?」
「いいや、全部ぼくの分さ」
「……相変わらず冗談みてェな食いっぷりだな?ちょっとくらい分けろよ」

 アグロと呼ばれたルガディンが、近くにあった茹で鶏に手を伸ばすと、飛来したフォークがその表面に突き立ち、肉汁が滴り落ちる。ちらりと目を上げると、ケミが投擲姿勢で眉間にしわを寄せていた。

「いいじゃねェかあ……そんなちっちゃな体のどこに、こんだけの料理が入るってんだよ?」

 ケミの顔がニヤリと邪悪に歪む。

「そこまでいうなら構わないよ?錬金術師の皿に手を出すなんて、明日の朝になってから後悔しても仕方ないとは思うけどね」

「オイよせや!タチの悪い冗談だぜ……食欲が失せちまうよ、まったく!」

 アグロはすごすごと手を引っ込めた。

「……で、シェイドはまだきてないのかよ」

 ケミは握り締めた別なフォークで、あまりお上品とはいえないしぐさで後ろを指す。

 奥のカウンター席に長身痩躯のミコッテが座っている。その銀髪から、後ろに伸びた尻尾の先まで、美しく毛並みが整っている。組んだ両手の上に顎を乗せている。その横顔は、世を憂う吟遊詩人のような表情。その美貌は女性のようにも見えるが、袖無しのチュニックから伸びる引き締まった白い腕は男のものだ。受付のララフェルの女性と話している。

「……ほら、植物も毎日話しかけると美しく花をつけるっていうでしょ?」

 ミコッテが問う。

「あー、たしかに。ワタシも鉢に水をあげるときは歌ってあげたりするわネ」
「へぇ、それは羨ましいね……。どうりでここの鉢はみな青々としている訳だ」
「フフ。それで、あなたがいつも"休み時間"なのと、その通説と、どう関係があるのかしら?」
「だからさ、こうしてモモディさんの様な砂漠の美しい花々と話をしてまわるのも、ウルダハの景観を保つための大事な仕事なのさ」
「やだぁ、まったく、もうお上手ね!!」

 受付のモモディはパタパタと手を振る。満更でもない様子だ。

「ウルダハがこうして観光で栄えている1番の理由は、住まう女性の美しさだというのが俺の持論さ。」

「……飽きねえ奴……オーイ、シェイド!」

 大声での呼びかけに、カウンター席の美貌のミコッテがムッとした表情で振り向く。微笑みに戻って受付女性に小さく手でサヨナラの合図をすると、席を立ってテーブルのほうへ近づいてくる。
 腰に手を当てて立つその姿は、まるで絵画から切り取ったようにさまになっている。星の光を湛える銀の瞳が、テーブルの2人を交互に見る。すらりと伸びた尻尾が、あまり機嫌よくなさそうにゆらゆらと揺れる。
 シェイドは客が立ったばかりの隣のテーブルから、アグロとケミのテーブルに椅子を寄せて座る。

 かくしてここに集まった風変わりな3人組こそが、日夜ウルダハの平和を守るべく暗躍する秘密結社《トリニティ》であるという事実は、彼ら自身を除くこの店の誰一人として知るものはいない。


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3.

「んで?シェイド、どうだったの。」

 ケミがハチミツ揚げパンをモゴモゴほお張りながら切り出す。

「異常だね。」フーッとため息を吐いてシェイドが返す。「先週から倍ちかくになってる」

 テーブルの上に小さなメモをシェイドが置く。アグロが横から覗き込む。メモにはこう書かれていた。

ライトニング…24→45 ※在庫不足。
ウィンド…24→42
ファイア…25→51 ※在庫不足。取引一時停止
アース…25→48 ※在庫不足。
ウォーター…20→41 
アイス…20→43 ※在庫不足。


「クリスタルやクラスターは?」
「似たようなもんさ。どれも今週に入ってひどい値上がりだ」

 クリスタルとは、自然界にある魔力、すなわちエーテルが物質化したものであり、クラフトの際に触媒として、あるいは素材同士を魔法的に親和させるための素材として主に用いられる。その密度に応じて、シャード・クリスタル・クラスターの3つの等級に分類され、高度なクラフトほど高級なクリスタルが必要となる。

「アダルベルタは過剰なクリスタル採集を防ぐために、ギルド員に日の採集上限を設定したらしい」

 アダルベルタはウルダハの採掘ギルドマスターで、市場に入る大半のクリスタルは、採掘ギルドの許可をもらってギルド員やフリーカンパニーが採掘したものである。
 値上がりを起こせば、それだけ採掘をしようと思うのが当然である。だが過剰なクリスタル採掘は、土地の性質を変動させてしまいかねない。

「へぇー……値上がりは錬金術師様はたまんねェな?」

 アグロがちゃかす。

「ボクは副業のほうは量より質な小口の依頼しか受けてない。クリスタル相場はあまり影響はないよ」

 ケミが指をなめながら空き皿を積む。いつの間にか彼の横には相当な枚数の空き皿が詰まれていた。

「で、アグロのほうは?」
「あぁ、こっちもバッチリよ……張り込んでおったら、真夜中にコソコソと町を出て行く胡散臭い一団がおってな」
「どこへ?」
「ブラックブラッシュ過ぎて、アンホーリーエアーらへんだ。連中、積荷からボムを出しおった」
「やっぱりか……火薬類を使った採掘は違法だったはずだ。ましてやボムなんて」
「あぁ……眠らせたボムを捕らえて、起こしてやれば、後は適当に山ごとまるまる吹っ飛ばして、散らばったクリスタルを拾うだけ、っちゅーわけだ。採掘技術もなんも要らん」
「まさか、みすみす違法採掘するとこを見逃したわけじゃないよな」 「そんなわけあるかい!もちろん起爆させる前に殴りこんで全員シメてやったわ。7、8人おったかな」
「それはそれで……」
「ハハ、やとわれの下っ端冒険者ごときにこのワシがかすり傷ひとつ負うかい。適当に話を聞いたら、縛り上げて不滅隊詰所の近くに放っぽり出してやったわ」
「んで、黒幕の名は聞き出せたのか」

「おうよ……そいつらの依頼者はダダルシュ商会だ」

 アグロの話を聞いていた2人の目が険しくなる。
 ダダルシュ商会は、モダマダ・ダダルシュが率いるウルダハの大手商会だ。砂蠍衆ではないが、裏社会でも非道なやり口で悪名高い企業の1つである。
 さらにダダルシュは、先の帝国のエオルゼア侵攻時、占領軍に物資を流していたという疑惑がある人物でもあった。しかしそれも戦勝のゴタゴタのうちにもみ消されてしまった。

「俺もマーケットでそいつの名前を聞いたよ。クリスタルの買占めをしているって。それも半端じゃない額、この値上がりの前で数千万、あるいは数億ギル……しかもご丁寧に、口止めまでしてたらしい」
「じゃあなんでおめーは知ってんだ?」
「どんなご婦人方も、俺のお願いだけは絶対に聞いてくれるのさ」

 シェイドがニコリと微笑む。隣を通り過ぎようとした観光客のヒューラン女性が、はっとした表情になり、その笑顔に頬を赤らめて釘付けになる。

「……タラシめ」

 アグロがつぶやく。

「ダダルシュなら、帝国に独自のパイプをもっててもおかしくはない、か……話をまとめよう」

 ケミが、膨れた腹をさすりながら切り出す。驚くべきことに、すべての料理を一人で平らげていた。

「最初の《マザー》からの司令はこうだった」


――『ガレマール帝国へ亡命をもくろむウルダハの商人がいるという。
《トリニティ》でその真偽を調査し、事実であった場合、これを阻止せよ』


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4.

 ケミが言う。

「最初の《マザー》からの指示はこうだった」


――『ガレマール帝国へ亡命をもくろむウルダハの商人がいるという。
《トリニティ》でその真偽を調査し、事実であった場合、これを阻止せよ』


 シェイドが《マザー》からの指令をもたらしたのは、さらにこの日を数日遡った頃だ。

 休戦状態であるとはいえ、エオルゼア同盟とガレマール帝国は以前緊張した状態にある。当然、国交は断絶して久しい。
 その中で商人が敵国に亡命を図るということは、確実に何らかの陰謀が動いているはず。
 秘密結社《トリニティ》の構成員である、アグロ、ケミ、シェイドの3名は、この司令を元に調査を開始した。
 調査をすすめるうちに彼らは、マーケットのクリスタルの異常な価格変動や、違法採掘の事実から、その独占を行っているのがダダルシュ商会であるという結論にたどり着いた。

「てっきりただの相場操作かと思ったけどな」
「それは無いね。ダダルシュ商会だって大勢のクラフターを抱えているし、クリスタルの相場が上がれば自らの首を絞めることになる。売るにしてもそれほどの量はなかなか裁ききれず、再び下落がおきて結局ゼロサム、手数料だけもっていかれる」
「……だが国外に持ち出せば、そもそもエオルゼアでの相場変動は関係ない」

 シェイドが言及する。

「つまりクリスタルは帝国へ亡命するための手土産ってわけか」

「おそらくね。帝国では魔導技術が発達しているが、その開発にだって大量のクリスタルが必要だ。エオルゼアは帝国にとって資源の宝庫でもある」

 ケミが補足する。

「相手の国力を殺ぎながら、かつ自国の軍事力に転換する。その片棒を担げば、ダダルシュは帝国に大きな恩を売ることができる。亡命後の地位は今以上に約束されているだろうね」

「まさか……また戦争を、おっぱじめようってのか?」

 アグロが目を見開く。

「いや……先の侵攻で大敗を喫した帝国は、このくらいじゃ動かない。……だけど、ひょっとするとその新たな1歩にはなるかもしれない」ケミが答える。「絶対に阻止しなきゃ」

「不滅隊に任せたほうがいいんじゃないのか?」

 シェイドが尋ねる。

「いや、決定的な証拠は何ひとつない。これから見つかるという保障もない。ただの商売だって言い逃れもできるさ。不滅隊は事が起きた後じゃないと動かない。それじゃもう手遅れだ」

「つまり、俺たちがやるしかないってわけだ……しかし、どう阻止する?」

 アグロは眉根を寄せて言う。

「クリスタルのある場所を探し出して、全部爆破しちまう、とかか?」

 シェイドの目が冷たく光る。「あるいは……このダダルシュ本人を……」

「駄目だ。対象を消しても根本的な問題解決にはならない」ケミが返す。

「……でも、話をまとめていて1つだけ思いついた案がある……この大量のクリスタルを回収する方法……だが、準備に時間がいる」

 ケミは腕を組んだまま考え込んでいる。やがて口を開いた。

「シェイド、君は引き続きダダルシュ周辺についての情報、および亡命の日程や手段を可能な限り調べてくれ。大規模なクリスタルの密輸……おそらく奴はまだ今すぐには動けないはずだ」
「まかせな」
「アグロ、君もできる限り違法採掘を妨害して時間を稼ぎ、情報を集めるんだ。今はそれしかない」
「おうよ」

 3人はそれぞれテーブルを立つと、それぞれ別々にウルダハの往来にまぎれていった。


 人知れず胎動を始めた、新たな砂上都市の闇(ウルダハン・ノワール)との戦いが
 今ふたたび始まろうとしていた――。


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5.

 そして3日後の夜。

 シェイドとアグロが持ち帰った情報により、ウルダハの倉庫区画にある廃倉庫の1つに、クリスタルが集められているという事実が判った。
 彼らはまもなく行われるであろう、クリスタルの密輸とダダルシュの亡命を阻止すべく、現地へと向かった。そして、クリスタルの保管場所と思しき倉庫を特定したのだった。

「正面から堂々と入るわけにはいかんよな」

 アグロがぽりぽりと頭をかく。

「敷地内に進入するのは難しくない。怪しまれないよう周辺警備は薄いみたいだね……あれは!?」

 倉庫の敷地内の様子を伺っていたケミが声を上げる。  ガラガラとチョコボ馬車が走ってきて、さびた門をくぐり廃倉庫の方へと走っていく。その後ろを、護衛と思しきチョコボの連隊が追う。

「ダダルシュご本人様の、電撃訪問ってわけだ……これはさすがに情報がなかったな」

 シェイドがつぶやく。

「まさか!?本人がわざわざ現地に足を運ぶはずないだろ」
「いや、理由は分からないが間違いない。門灯の前を通ったとき護衛の中に、奴の懐刀、《処刑人ウルグスク》がいた。あの顔の刺青に帯びた大剣、間違いない」

 馬車を見ていたアグロが振り向いて言う。

「なんだ、やっこさん最近みないと思ったら……そんな事しちょったのかい」
「誰だいそいつは……。前情報にはなかった名前だけど?」

 シェイドが答える。

「今回は関係ないかと思って調査報告に載せなかっただけだ。まさか現れるとはな。アグロは知ってるんだろ」
「ああ、コロセウムの剣闘士崩れのゴロツキでな。ダーティプレイを売りモンにしとったが、伝説的剣闘士であり現不滅隊隊長であるラウバーンその人の怒りを買ってな、闘士にふさわしくないとして永久追放されたんだ」

 アグロはあご髭をねじりながら続けた。

「奴の戦いは見たことある……とうに戦意を失くした対戦相手をいたぶる、胸糞悪い小僧っ子だったわ。だが……実力は確かだったかもな」

 ケミはため息をつく。

「何でそんな奴がここへきてるんだ……まだ何かあるのか?」

 アグロが胸をたたく。

「さあな……なあに、いざとなったらワシにまかせとけい」


 3人は倉庫の裏手から、ボロボロの塀を飛び越えて進入した。外壁もボロボロ、空ろな中身が丸見えの廃倉庫がいくつか並んでいる。3人は巡回の目をかいくぐりながら、その中の1つとりわけ警備が厳重なものの裏側に着いた。

「ここだけ壁を塗りなおしてあるな。中が見えない」

 小声でシェイドがつぶやく。

「ワシならブチ破れないこともなさそうだが、盛大な音がするだろうな」

 アグロが言う。

「計器はどうだ」
「うん、ここがエーテル反応の中心だ」

 ケミが計器を目から下ろして言う。

 正面に2人、周囲を巡回する兵士が3人、見張り台の上に2人、それぞれ弓や槍で武装している。しばらく物陰に潜んで様子を見ていると、別の兵たちがやって来て、2、3会話をしたのち警備を交代した。これでしばらくは交代は現れないはず。仕掛ける頃合だ。

「よし、あいつらはワシがやろう……」

 担いだ袋をそっと地面に下ろすアグロ。

「いや、多すぎる、3人同時に仕掛けよう、ボクが左、アグロは右、シェイドは上からだ。それぞれ配置に」

 ケミが手際よく指示を出す。うなずく2人。

 アグロは倉庫を回り込みながら、巡回にきた兵士の1人を音も無く昏倒させると、雑多に置かれた木箱の陰に引きずり込んだ。シェイドはまるで両手が壁に吸い付くかのようにスルスルと倉庫の屋根の上にあがり、正面の警備の上に陣取る。

 2人が配置についたのを確認すると、ケミは携帯ポイント光源を2人に向かって明滅させ、合図を出す。

 ケミが見張り台の上に右手を向ける。右手首に装備した折りたたみ式のボウガンから、無音で小さな矢が飛び、椅子に座って監視をしていた見張りの意識を、そのままの姿勢で刈り取った。微小の矢に塗られた即効性の睡眠薬で、数時間は目を覚ますことはない。もうひとつの見張り台に右手を向け、再びトリガーを引く。2人目。この間、実に2秒。
 メキャッという鈍い音がして、ケミが地上に目をやると、壁に頭をたたきつけられた2人の警備兵の姿。後頭部をアグロが両手で押さえつけている。

「品がないなあ」

 手をはたきながらシェイドが屋根から降りてくる。正面にいた兵士は、倉庫の屋根の上に引きずりあげられて気絶しているのだろう。  アグロは壁から意識を失った兵士を引っ張って起こすと、壁にもたれかけるようにして立たせた。

 ケミが周囲を警戒している隙に、手際よくシェイドが倉庫の鍵を開ける。大袋を担いだアグロが戻ってきて、誰にも気づかれることなく3人は倉庫の中へ侵入した。

 ケミが試験管をかざすと、ランプマリモ由来の穏やかな光がポウッと周囲を照らした。この光は、遠くからでは見えにくいという性質を持つ。
 周囲を見渡す3人。ところ狭しと積み上げられた箱、箱、箱……1つ80イルム(※2メートル)四方ほどのサイズだ。
 そのうちの1つを開け、アグロが息を呑む。

「ハハ……こりゃたまげたな、実際みてみると、とんでもない量だぜ」

 箱の中には、隙間無くクリスタルが詰められていた。シェイドがジャラリと片手ですくって見せる。そんな箱が数百はひしめいているのだ。

「さてケミ大先生よ、こいつをワシらだけで、短時間で、どう処理するんだ……?」

 アグロが振り向いて尋ねる。青白い光の中で、試験管を片手にニヤリと笑うケミ。


「種も仕掛けもある、奇跡のマジックショーさ」


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6.

 試験管から漏れる青白い燐光の中、ケミがポーチから取り出したのは、浄化マスクと手袋、そして密閉可能な小さな土製の容器だ。
 マスクをかぶり手袋をすると、ケミは容器の封を開けた。途端、周囲におぞましい臭いが漂いはじめる。

「オッボエエエッ!!ゥオエエエ!!くさッ!くっさああ?!!!!ウオエエゲエエエ!!」

 おもわずアグロがしゃがんでえずく。

「うぐぐ……この世のものとは思えない……この臭いは一体?」

 シェイドが美麗な顔をゆがめながら尋ねる。

「ボク特製、ミルクルートのトード油漬けさ」

 ケミがなるべく体から放すようにして、容器の中からねっとりとした気色の悪い塊をつまみ出した。

「オイッ!!!こっちに近づけるんじゃあない!!!」

 シェイドが鼻をつまんでうなる。

「何をいってるんだ?これからキミはこれをカミカミするんだよ」

 ケミが愉快そうに言う。マスクの下は邪悪にニヤリとゆがんでいるに違いない。

「……はぁああーーーーーーー!!!!????」
「いいから時間がない!はやくカミカミするんだ!」
「狂ってんのか!!!???」
「世界を救うためだろ!!君にしかできないんだ!!この任務に失敗するようなことがあればキミの愛しいご婦人方が悲しむぞ。さあ早くやれ!」
「こんなもん噛んだらもっと悲しむわ!!!一生臭いが染み付きそうだぜ……アグロにやらせろ!!」
「……オイッ!!!」

 アグロが脇でうずくまりながら非難する。

「ダメだ。彼は撤収するとき荷物を持ってもらわなきゃいけない」
「あの大袋の中身をか!?」
「違う、あれの中身は置き土産みたいなものさ」
「一体何のためにこいつを噛む!?いや、なんにせよ絶対にイヤだね!!こんなものキャラ崩壊は避けられない!後遺症が残ったらどうする!」
「キミにとってはありとあらゆる女性よりも優先して《マザー》の愛こそが至上だろう。彼女の期待を裏切るのかい?とにかく説明する時間も惜しい、さあ」
「うう……いやだ……絶対にイヤだあ…………」
「たとえ一生歪んだ顔が戻らなくなっても、臭いが五臓六腑に染み付いても、彼女だけはキミを愛してくれるさ」
「このゲスガキ……ちくしょう……ちくしょおお……ええいやってやる……やってやるぞ」

 シェイドは震える手で悪臭の根源をつまみとると、目を硬く閉じ、おもむろにかぶりついた……。
 くぐもった声が漏れ、二筋の涙が彼の頬を伝う。

「いいぞ、その調子だ、たんねんにカミカミするんだぞ。そのうち体があったまってくるはずだ」

 ケミはいまだにうずくまっでゲエゲエとえずいているアグロのほうを向いた。

「さ、アグロは袋の中身をそこに並べるんだ」
「ウオエップ……な……なんだこりゃ?!」

 アグロが袋を開けると、そこに入っていたのは……見慣れぬ不思議なオブジェだった。

「メモが張ってあるだろう。その順に組み立てるんだ」
「1.水牛の頭蓋骨を串にさす。2.等間隔になるように並べ、穴を通して間にロープを張る。……マジで何してるんだ、ワシらは」
「5番のパーツはそこだ。そう……そいつには火を灯すけど、それは最後でいい」

 ケミはアグロに指示を出しながら、地面にしゃがんで謎の図形を描いている。

「さてアッチはどうかな……お、いい具合じゃん」

 そこには数分前と打って変わって見る影もない哀れなシェイドの姿があった。箱に腰掛け、青白い光の中、トロンとした表情でミルクルートをカミカミしている。銀髪の毛並みはあちこち逆立ち、プルプルと震えている。

「アァー……いい……すばらひぃ気持ひらぁ……世界はこんなに奇麗(ひれい)らなんて……ふわふわして、あっらかくって、まるでひならおっこ(ひなたぼっこ)してるみらいらぁ……ぜっこうのヒクニック日和らぁ……」
「よーしその調子だ……アグロ、器具を並べ終えたらシェイドの両手両足を縛れ」
「おう……」

 アグロはもはや完全に考えることをやめている。

 ケミが携帯着火装置で灯篭に火を灯すと、陳列された数々の呪具が照らしだされた。
積み上げられた水牛の頭骨、立てられた謎の灯篭、注連縄(しめなわ)、動物の血液と思しきもので満たされたビン。
 地面に描かれた魔法陣の中央には、意識の混濁したシェイドが座り込んでおり、その表情はおだやかでしあわせそうだ。
 倉庫の中は、怪しげな儀式の会場へと変した。

 ケミがつぶやく。

「上々だ……さて始めよう」

 アグロが口元を押さえながらいう。

「何をだ」その片手には、空になった大袋を握っている。

「まだ判らないかな……?大量のクリスタル、トリップした人間、そしてこの霊的に高められたフィールド……」

「知るもんかい」

「いいや知っている。アグロはかつてこの光景を見たって言ってたはずだ……」

「……?……!!!!!お…おめェ、まさか」

 アグロが驚愕に目を開く。

「そうだよ……」

 ケミが答える。


「ここに蛮神を《降ろす》のさ、この大量のクリスタルを捧げてね」


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――――――――――――――――――――
7.

「おい、そろそろ出番だぞ、おきてるか」

 ケミが平手でシェイドの顔をぺちぺちと張る。

「ウィーーー……」

 すっかり酩酊したシェイドが、焦点の合わぬ目でケミを見つめる。

「バカヤロウ……!!蛮神を降ろす、だと……?このウルダハのど真ん中で!!マジでとうとうお薬いじりの最中におかしなところに入っちまったのかよ、ケミ坊!!」
「声がでかいよアグロ……。だからあらかじめ言いたくなかったんだ。ここまできてノーは無いよ」

 ケミが不服そうに言う。

「むちゃくちゃだ……いままでたくさん無茶はしたが、これはブッチギリだ!」

 アグロが怒鳴りつける。

「ぶっちぎりぎりぃ……はへ、はへはへ」傍らでシェイドがつぶやく。

 短い沈黙のあと、ケミが静かに語りだす。

「時間がないから、2つだけ要点を説明する」

 ケミが立ち上がってアグロのほうをむく。

「まず1つ、神降ろしに必要な要素のことだ。クリスタル。そして祈り……霊的な場はあくまでテンパードや信奉者の思念の増幅装置、といったところだ。」

 ケミが人差し指を立てて説明する。

「今回重要なのは、この2つの要素の大きさが、相乗的に召喚の規模を決めるという事実……《召喚士》と呼ばれる人々は、周辺の地中や生物の中にあるエーテルやクリスタルを利用し、小規模な《神降ろし》を行う。喚び出されたエギと呼ばれる分身体は、力尽きたり召喚士が魔力の供給をとめると、再び周辺にエーテルを拡散させ、消える」

「だがよ!!これだけのクリスタル……とんでもない規模の《神降ろし》になっちまうんじゃねえのか!」

 アグロが割り込む。ケミは切り返していう

「いったろ、相乗効果だ……ここにいるのは熱心に信奉する蛮族でもなければ、生命の危機を前に洗脳されテンパードになった人間でもなく、ましてや特殊な訓練をつんだ召喚士でもない……」

 そしてシェイドを指差す。

「ただのアホなキメキメの猫1匹だ。通常の召喚がクリスタル10かける信者の力10で100の力を生み出すとする。もし100のクリスタルを使っても、捧げる祈りが0.1、あるいは0.01なら……結果は通常の百分の1にもならない」

「……理屈じゃねえだろ……」

 アグロは割り切れない表情で言葉を飲み込む。

「……アグロが蛮神に対して特別の感情を持っているのはもちろん知ってた。それを無下にする気はない。でも今回は他に手段も時間も無かった」

 アグロの脳裏には、かつて彼が冒険者だった時に目撃した《神降ろし》の光景が浮かんでいた。
 焼け焦げひび割れた大地、高熱で影だけをそこに残し、蒸発した犠牲者たち。

 少し間をおいてケミが続ける。

「……これだけのクリスタルが1箇所に集まっているというのが、どれほど危険かは判るだろ。今のうちにボクたちの手でその危険を摘み取らなければならないんだ」

 沈黙。

「すーなの こーやに おはーなーがー さーいたぁー」

 シェイドがへなへなと歌う。アグロは静かに口を開いた。

「ワシはどうすればいい……」
「……長くなったけど、要点2つめだ」

 ケミが2本目の指を立てる。

「アグロの持っている、一見ただの袋だけど、それはボクの特別製だ。先の侵攻で帝国側が使用した秘密兵器、アルテマウェポンを知ってるかい」
「ああ、古代アラグ帝国のなんちゃらっていう……」
「記録によれば、あいつは蛮神を喰らったそうだ。その装甲には、エーテルを遮断し力を発揮させなくする機能があったんだ」

 ケミは含みを持たせて続ける。

「……そしてその装甲に使われたのと同じ素材……アラガン鋼とでも呼ぼうか……それで作った特殊な鋼線を、その袋に縫いこんである。つまり、その袋でなら召喚した蛮神を捕まえることができる。もちろん中に入ればだけどね」
「な、なんだと……蛮神を捕まえる?お、おめえ……」
「できるんだよ……効果は知人の召喚士の協力で実証済みだ。さて、もう時間がないぞ。腹をくくってくれ」

 ケミは再びシェイドの前にしゃがんだ。

「シェイド、キミは実はアマルジャ族の戦士だったんだ」
「あまる……じゃ?」

 朦朧としながらシェイドが答えた。

「そうだよアマルジャ。こわもてマッチョの神様大好きアマルジャ族だ」
「あまる…じゃ……かみ…さま……まっちょ?」
「さあ何か四字熟語いってみろ?」
「よ……じ?……あぁー……四捨……五入?」
「まあ、それくらいでいい……あんまり綿密にやると、ほんとにテンパード化しかねないしな」

 ケミが左袖をまくると、そこには電極のようなものが2つ飛び出ている。それは至近距離で相手に電撃を浴びせるクローだ。
 その先端をシェイドの腕にあて、ケミはトリガーを軽く引いた。

「あばびやばあびゃびゃびゃびゃ!!!」

 ビビビと電流が流れ、尻尾をぴーんと伸ばしてシェイドが痙攣!

「ほら大変だぞ!大ピンチだアマルジャの戦士!」
「あううぅ……」
「助けを請え!お前の大好きな神様に、助けを請うんだ!」
「た……たすけて……」
「オラァもっと!!」
「たすけてーータイタンさ~まー!」
「そいつじゃない!!」

ビビビビ!

「あばやびひやああばばばあばばばはなはあ!!……ううぅー……どうしてこんなぁ……ひどいことするんだよぉお……」
「おら呼べ!!さっさと神様呼べ!」
「たすけてェ……たすけてかみさまァ……」
「もーっと大きな声でー!」


「あ"あ"ーー!!!!!!たすけてーーーイフリートさーまーー!!!!!!!!」


次の瞬間、

地響きが起こり、倉庫内にクリスタルの放つ光がまばゆく満ち溢れた――。


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――――――――――――――――――――
8.


 深夜のウルダハ、倉庫区画にある廃倉庫の中空に、空間のひずみが生まれた。ひずみからあふれた光の柱が倉庫の天井を貫き、地面にまっすぐと突き立つように降り注ぐ。大気の圧力と振動で、倉庫がビリビリと鳴る。
 波打つ虹色の断面が中空に見え、そのなかからゆっくりと、赤黒く燃えるそれは、姿を現した。


蛮神、イフリート――。


 やがてひずみは収縮し、地響きは収まり、赤黒い塊は切り離されたようにぼとりと倉庫の地面に落ちた。そして、


「ミィーーーーーーーーーーーーッッ!!」


「ちっちゃ!!」

 アグロは、目の前に落ちてきた、クァールの赤ん坊ほどしかない赤くちっぽけな神を見て思わず言った。

「だからいったろ!規模は数百分の1だって、だが仮にも神様だ、油断するな!」

「ミィーーーーーーーーッ!!」

 次の瞬間、小さなイフリートはケミに向かって地面を蹴って飛んだ!

「セェイッ!!」

 となりにいたアグロの裏拳がイフリートに炸裂!

「キャンッ!!」

 地面にたたきつけられたイフリートをとっさにつかんで袋にねじ込むアグロ。

「アチチチ!……よし!つかまえたぞ……!」

 イフリートは袋の中でじたばたとあがいている。袋が破ける様子はない。

「しかし、しまったな、さすが《神降ろし》、こんなに派手だとは思ってなかった……記録に詳細がなかったから」

 ケミは近くの木箱を蹴って転がした。中身のクリスタルをすべてイフリートに捧げられ、すでに空箱になっている。

「だがとりあえず成功だ、急いでズラかろう、シェイドを頼むよ」
「う…む、……うっ……こいつ……クサっ!」

 開いたほうの手でシェイドを担いだアグロが、顔をしかめる。

 倉庫の扉をあけた途端、外からまばゆい光が3人を照らした。とっさに扉の裏に隠れる2人。直後、扉の隙間から数本の矢が倉庫の中へ飛び込み、地面に突き立った!

「しまった……さすがに気づかれたか!」
「まあ、あれほど派手に地面揺らしたりビカビカ光っておってはな」

「オルルァアアアアアアアア!!!でてこぉおおおいコソドロォオオオオ!!
ぶちころすのはその薄汚いナリをみてからにしてやるでゲスーーーーーッ!!」

 ドスを利かせた声が外から響いてくる。ケミが扉の隙間からそっと手鏡を出して外の様子を確認する。

 斧、槍、弓。20人はいるだろうか。戦うにはあまりにも多勢だ。巨大な大剣を肩にかついているのは《処刑人ウルグスク》に違いない。顔に入れた竜の刺青をゆがめ、追い込まれた獲物を前にニヤニヤと下卑た笑みを浮かべている。
 そして、その中央に陣取る異様な影は……

「魔導アーマー!?なぜあんなものがウルダハに!」
「おっ!?コソドロ風情がコイツのことを知ってるとは驚きでゲス!パーツに分解して、こっそり帝国から密輸したんでゲス!」

 魔導アーマーに騎乗するララフェル……おそらくダダルシュ本人であろう人物は、愛でる様にアーマーのクロームのボディをさする。

「先の侵攻で帝国がエオルゼアに持ち込んだ魔導兵器は、みぃんな同盟にスクラップにされちまったでゲス……ロマンのわからん無能どもでゲス!!やっぱり男の子はロボに限るでゲス!ほんとはコロッサスに乗りたかったんだけど、あれは自動操縦らしいでゲスし……そもそもクソデカくて密輸できなかったでゲス!帝国へ行った暁には、操縦できるタイプのコロッサスを開発するでゲス!」

「……ララフェルってのは、どうしていつもこうなんだ?」

 アグロが眉根を寄せてケミのほうを見る。

「まあ、否定はしないよ」

 ケミは肩をすくめる。

「さて、どうするケミ坊、絶体絶命だぜ?」
「もちろん、逃げるさ」

 ケミはマスクを顔につけた。

「今回はやらないと思ってたが、いつものを頼むよ」

そういいながら、アグロに脇に抱えたものを渡す。アグロはそれを見てニヤリと笑う。

「今日はこの魔導アーマーの完成お披露目会をやる予定だったでゲスが……思わぬ邪魔が入ったでゲス!!さあーそろそろその姿を見せるでゲスーー!薄汚いナリを拝んだ後で、ためし打ちの的にしてやるでゲスーーー!!ゲーッスゲスゲス!」

 ダダルシュの哄笑が響き渡る。

 アグロが、扉の影から大声で叫ぶ。


『12柱が1、ナルとザルの名の元、貴様に裁きに下すは我ら《トリニティ》!

外道商人ダダルシュ!世界に仇名す貴様の野望は、今宵この場で砕かれる!!!』


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9.

『12柱が1、ナルとザルの名の元、貴様に裁きに下すは我ら《トリニティ》!

外道商人ダダルシュ!世界に仇名す貴様の野望は、今宵この場で砕かれる!!!』


 アグロの朗々たる口上が響き渡る。と同時に、扉の隙間から、アグロがケミから受け取ったその球体を、ダダルシュに向かって放り投げる!

「とりにちぃ?……あっ!!アブナイでゲス!!」

 だが次の瞬間、隣のウルグスクの大剣がひらめき、それは中空で叩き切られた。

「ゲースッゲスゲス!!ヤケクソでゲスか!ん、なんか、クサ……?」


 切断された容器の中身、ダダルシュの魔導アーマーの足元に散乱しているそれは、点火済みの閃光炸裂弾を突き刺した、ミルクルートの トード油漬けだった。


 ボボムボムボボボムボムボム!!!

 異臭と爆音と閃光の三重苦が、入り口に陣取った警備兵たちの感覚器官を容赦なく襲う!!


「ウオアワアアギャアアアオオオエエエエゲエエェェ!!!!!!」

「クッセエエエオエエエエェェェェエエゲエエエエェエ!!!!!!」

「ウオエエエゲエエえええげええええヒギエエエエェ!!!!!!」


 涙を流しながら崩れ落ちる警備兵たち!その間を縫ってケミとアグロが疾走!

「即興新兵器、名づけて《トリプルプレイ・グレネード》!」

 ケミが嬉々として言い残す。

「ウウプ、さっき慣らしておいたおかげか、今度はなんとかこの悪臭に堪えきれたようだわい!」

 アグロが疾走しながら零す。

「ウオオゲエエッゲロゲロ!!コソドロ風情がぁぁあああッッ!!逃がさんでゲスゥウウ!!!」

 ダダルシュが想定外の早さで立ち直り、操縦棹を握りなおす!

「魔導カノン、発射ァ!!」

 魔導アーマーの咥内に光が収縮!エネルギー弾となって2人のほうへ発射される!

「ヤバいっ!!伏せろアグロォーーーーーッ!」

 ケミが叫ぶ!だがアグロは立ち止まってダダルシュのほうへ向き直っている!

「こいつはエーテルをはじくのだろ、それなら」

 アグロはシェイドを地面に落とし(「ウ"ブッ!」)、イフリートの入った大袋を振りかぶると、


「ヌゥオラアアアアアッッ!!!!!!!!!!!!」


 鮮やかな大袋の一振りが、光弾をすくい上げる!

 弾は緩やかに放物線を描き、発射された地点へ……


「あっ……やばいでゲス……オエッ」



 チュッッドオオオオオン!!大爆発!警備兵もろとも魔導アーマーがふきとぶ!



「ウーム……いけるもんだな」
「アグロもたいがいムチャクチャだよ……」


 廃倉庫を脱した2人は倉庫区画を駆ける!


「まぁーーてェェェエエーーーーーーーー!!!!」


 ガシュンガシュンと重厚な音を立てながら追いかけてくるのは……魔導アーマー!

「おい、あやつしつこいなあ、まだ追ってくるぞ……ん?」

 しかし、気絶したダダルシュの横でその操縦棹を握っているのは……ウルグスク!
 アーマーは節々から煙を上げながらも、逃走する2人をグングン追い上げてくる!

「このままひき殺してェエ……うわバッ!?」

 2人に追いつかんとしたそのとき、突如アーマーは足をもつれさせ、蛇行して路地わきの壁に激突!ウルグスクは2人の頭上を越え、地面に投げ出される。

「くそったれえ!貴様らのせいで俺は確実に護衛をクビだっ!絶対に許さんぞ……」

 無骨な大剣を抜く。

「へへ、だがうまく回りこめたぜ!!今度は逃げ場がないぞ!」

「アイツはワシにまかせろ、30秒くれ」

 アグロは、かついだ大袋とシェイドを地面に落とす(「うぐッ!」)と、首の骨をごきごきとならす。

 そしてウルグスクのほうへ、無手のまま体を開き両手のひらを相手に向けた、独特の構えをとる。

「バァカめ!!この俺に獲物なしで挑むとは!!!」

 大振りな剣をまるで小枝のようにヒュンヒュンと振り回すウルグスク。

「剣闘士番付の序列一桁まで上り詰めた実力、思い知るがいいわ!」
「語ってる暇があったら、さっさとかかってこんかい、三下」

 アグロが構えた片手の手首をクイクイとまげて、相手を挑発する。


「この……ほざけぇええええェェーーーーーーッ!!!!!!!!!!」

 ウルグスクの神速の踏み込み、そして体重を乗せた兜割り!!

 アグロの体がミシリと地面に沈む……が、ウルグスクの剣撃は、アグロの真正面でぴたりととまっていた。

「なグッ……あっれ……動か……?」

 筋肉の盛り上がったウルグスクの腕がブルブルと震えるが、大剣の刃はアグロの両の手のひらで万力のように固定され、微動だにしない。

「フン!……おまえさんが現役のころはもう少しマシな動きしとったがな、今はその剣閃も完全に止まって見えおるわ」

 そしてそのまま大剣ごとウルグスクを……持ち上げる!

 無防備で空中に放り投げられたウルグスクの体に、アグロの跳躍からの回し蹴りが……突き刺さる!


「ウルアァァァーーッチョオオオオォォォッ!!!!!!」


「ゴゲゴベゲボオオぉおおッーー!?」

 ウルグスクは吹っ飛んで後ろの壁にたたきつけられ、白目を向いて失神!

「ひええ……あいかわらず化け物じみた強さだね……」

 ひそかに仕込みボウガンを構えて様子を伺っていたケミは、腕を下ろして言った。

「さ、そろそろ不滅隊も騒ぎを聞きつけてやってくるだろ、さっさとズラからんとな」

 アグロはウルグスクへ向いて一礼を済ますと、シェイドと大袋を担ぎなおした。


「そういや結局さ……今回もボクたち、あんまり忍ばなかったね」

ケミがこぼす。アグロが答える。

「・・・それは言うな」


――ザナラーンの空が、白み始めていた。


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――――――――――――――――――――
10.

――3日後。


『ダダルシュ商会代表、国家反逆罪で審問へ

去る星1月11日(火)、国家反逆罪などの容疑で身柄を拘束されているダダルシュ商会代表、モダマダ・ダダルシュ氏がの私宅へ、不滅隊の強制捜査が行われ、同日のうちに起訴することを発表した。
事の発端は、今月9日(雷)未明、ウルダハ往来で同氏がエオルゼア三国同盟法で禁制とされている兵器、『魔導アーマー』に騎乗しているところを不滅隊隊員が発見、国家反逆罪容疑で現行犯逮捕したのがきっかけである。
不滅隊広報によると、氏本人は現在も容疑を否定している。一連の裁判は今月15日、ウルダハ国家裁判所で開廷される予定。』

ミスリルアイ紙、10日朝刊一面より抜粋。

『シルフ族の侵攻!?ウルダハ市街地で発光・激震・異臭!

1月9日(雷)3時頃、ウルダハ市内の一部の地域で、局所的な地震が観測されたと、ウルダハ気象台が発表した。推定規模はタイタン0.2程度で、この地震による被害はなかった。
同地域で同時刻、周辺住人からは、空に立ち上る光を見た、という証言や、また腐った魚類のような異臭が漂っているという苦情が寄せられていた。
蛮族の生態に詳しいグリダニアの研究者サリサリ・マフマット氏は、蛮族指定されている生物の1種シルフ族が好むとされる「ミルクルート」とこの異臭の特徴が似ていることから、
「人目を忍んでウルダハ観光にやってきたシルフが、ミルクルートで酩酊したのち、何らかの超常現象を引き起こしたのではないか」と話している。』

週間レイヴン、9日夕刊七面より抜粋。


「……こんだけか?」

 紙面の切り抜きから目を上げたアグロが、ケミに投げかける。操縦棹を握ったケミがあくびをひとつして答えた。

「《マザー》がうまく不滅隊を口止めしてくれたんだろ。」
「へぇ……《マザー》ってのは……一体何者なんだろな」
「『さる高貴なお方』だとシェイドは言ってたけどね。詮索は無用さ……」
「そいやあ、アイツは欠席かい」
「はずせない用事があるってさ……。ま、あれから今朝まで寝込んでたからね。女の子絡みの用事でもたまってるんじゃないの」
「はァ……しっかりと締めを見守るのも、任務の一環だろうに」

 そう言うとアグロは、船底から見覚えのある大袋を掴んで持ってきた。

「……いい景色だのう」

 そこはザナラーン上空。《トリニティ》の所有する飛空挺《ディスカバリー》号の機上であった。

「そろそろかな」

 アグロは頷くと、袋をさかさまにして乱暴に振る。中からボテッと赤黒い塊が飛び出す。
 イフリートは捕まえてしばらくは袋の中で暴れまわっていたが、憔悴してぐったりとしており、弱弱しく「ミィー」と鳴いた。

「このままにしとけばえんじゃないのか?そうすりゃコイツも悪させんし、他では降ろせんのだろ」

 アグロが哀れむように言う。

「そうはいかない。見てごらん」

 指摘されてアグロがよくよくみてみると、クァールの子供ほどだったイフリートは、いまや小柄なララフェル程に成長している。

「再びテンパードや信奉者がどこかで祈りを捧げれば、こいつは力を取り戻して本来の姿に戻る。その時こそウルダハは灰になる」

「仮にも神様を、こんな風にしちまって、そりゃ降りてくるたびに人間に仇名すのも無理ないわ」

「人によって降ろされて利用され、その度に人によって剣やら槍でつつき回され倒されて……」

「ワシはやはり今回みたいなやり方は納得できん」

 アグロは数歩下がると……動かないイフリートめがけて助走をつけ、思い切り蹴っ飛ばした。

 イフリートは最後にキャッと一声鳴くと、ザナラーンの上空で七色の光に変わった。光はエーテルの飛沫となって大地に降り注ぎ、再びクリスタルとして還元する。

「ボクらが生き残るためには必要だった。ボクらは神々のように強くない。だからそれにすがり、それを畏れ敬い、それを利用する」

「だがせめて、人の手で起こしたことは、人の手で止めるべきではないか?」

アグロは訊ねる。

「先のアルテマウェポンや……第4霊災で滅亡したとされる、古代アラグ帝国……人の力は時に、神をも超えてしまう」

ケミは応える。

「もしそれらが敵に回ったとき……ボクらも神に匹敵する力を利用しなきゃならない……それが、この世界を救う使命のためなら」

眼下に広がる広大なザナラーンを見下ろし、ケミは呟いた。


――同時刻、ウルダハ、ロイヤルパレス。


 赤い羅紗張りの絨毯に、正装に身を包んだシェイドは彫像のように座していた。顔を下げ、その双眸は静かに閉ざされている。

「――そうか、報告ご苦労であった」

 静かに少女の声が響き渡った。シェイドの正面、椅子に掛けているが、その表情は御簾で覆われて伺えない。豪奢に装飾された部屋には、2人の姿のみ。

「今回の一件はデリケートであった。あの商会は、表向きこそ砂蠍衆の直下ではなかったが、裏ではやはり繋がりがあったようじゃ。不滅隊を差し向けるべき規模の問題じゃったが、共和派から圧力が掛かっていてな、わらわも安易に動けなんだ。むろん、事が表沙汰になった今となっては、連中そんなことはおくびにもださぬがの。ぬしには苦労をかけた、礼を言う」

「もったいなきお言葉。すべてはアマルジャの戦士の使命ゆえ」

「あまるじゃの戦士……?」
「あっ!と、《トリニティ》の使命ゆえ!」
「うむ。……シェイド、近う寄ってくれ」
「……!《マザー》?」
「はよう」

 シェイドは緊張した面持ちで少女の膝元まで歩み寄り、再び座して顔を下げた。

「手を」

 彼が手を差し出すと、少女の手が包む。彼の手に伝わってくる、小さな手の、儚いぬくもり。しばらくして少女が手を離すと、彼の指には大粒の黒い宝石をたたえる指輪が嵌っていた。

「職人に誂えさせたものじゃ。受け取ってくれ」
「このような……」
「構わぬ、おぬしらは遥かに偉大なことを成し遂げてくれた。こんなものしかやれぬのが心苦しい」

 少女は憂う声で続ける。

「中立である暁の血盟に、安易に頼るわけにはいかぬ。不滅隊を動かせば、同盟や周辺諸国に緊張を与えてしまう。……わらわが自らの手として、本当に最後にたよれるのは……おぬしらじゃ」

「……我々《トリニティ》は、この身果てるまで貴方に忠誠を近い、尽くし続けます……

 《マザー》、マイ・レディ……」

シェイドは、静かに誓いの言葉を少女に捧げた。


ウルダハン・ノワール 完


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DotOcean
blog『DotOcean』


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